ITマネージャーのためのNVC:部下の「言えない本音」を引き出し、信頼関係を深める共感的傾聴術
IT企業のマネージャーとして日々業務に臨む中で、部下とのコミュニケーションに課題を感じることはないでしょうか。特に、部下が抱える漠然とした不満や、表面に出てこない本音、あるいはチーム内の潜在的な対立の芽を早期に察知し、建設的な解決へと導くことは、チームの生産性向上に不可欠です。
本記事では、ノンバイオレンス・コミュニケーション(NVC)の核となるスキルの一つである「共感的傾聴」に焦点を当て、ITマネージャーが部下の「言えない本音」を引き出し、より深い信頼関係を築くための実践的なアプローチを提供します。
ITチームにおける「言えない本音」の課題
IT業界の現場は変化が速く、技術的な課題解決に追われる中で、個々のメンバーの感情やニーズが十分に共有されないことがあります。例えば、以下のような状況は頻繁に発生し得るでしょう。
- 特定のタスクに対する不満や疑問があるものの、発言を躊躇する。
- プロジェクトの方向性に対して懸念があるが、意見の衝突を恐れて口に出さない。
- 自身のスキル不足やプレッシャーを感じているが、弱みを見せたくない。
これらの「言えない本音」が放置されると、モチベーションの低下、パフォーマンスの悪化、ひいては予期せぬトラブルやチーム内の不協和音につながる可能性があります。マネージャーとして、これらを未然に防ぎ、チームを健全に保つためには、表面的な言葉の裏に隠されたメッセージを理解するスキルが求められます。
ノンバイオレンス・コミュニケーション(NVC)における共感的傾聴とは
NVCでは、対立を避けて解決に導くための基盤として、以下の4つの要素を重視します。
- 観察(Observation): 何が実際に起きているか、客観的に描写する。
- 感情(Feeling): その観察によって、自分がどのような感情を抱いているかを表現する。
- ニーズ(Need): その感情の背景にある、満たされている、あるいは満たされていない普遍的なニーズを認識する。
- 要求(Request): そのニーズを満たすために、具体的に何をしてほしいか、明確に伝える。
共感的傾聴とは、このNVCのフレームワークを相手側に対して適用するスキルです。相手の言葉や非言語的な情報から、相手がどのような「感情」を抱き、その感情の裏にどのような「ニーズ」が満たされていないのかを推測し、深く理解しようと努めることを指します。これは単に相手の言葉を繰り返す「アクティブリスニング」とは異なり、相手の「内面」への理解に焦点を当てる点が特徴です。
共感的傾聴がITマネージャーにもたらすメリット
共感的傾聴は、ITマネージャーにとって以下のような具体的なメリットをもたらします。
- 心理的安全性の向上: 部下が「自分の意見や感情が受け止められる」と感じることで、安心して発言できる環境が醸成されます。
- 信頼関係の強化: 表面的な問題解決だけでなく、個人としての理解を示すことで、マネージャーと部下間の信頼が深まります。
- 問題の早期発見と解決: 部下の懸念や不満が顕在化する前に察知し、早期に対処することで、大きなトラブルへの発展を防ぎます。
- エンゲージメントの向上: 自分のニーズが理解されていると感じる部下は、業務に対するモチベーションやコミットメントが高まります。
- イノベーションの促進: 多様な視点や潜在的なアイデアが表面化しやすくなり、チーム全体の創造性が向上します。
実践:部下の「言えない本音」を引き出す共感的傾聴のステップ
共感的傾聴は、以下のステップで実践できます。大切なのは、自分の判断やアドバイスを保留し、まずは相手の感情とニーズに寄り添うことです。
ステップ1: 判断を保留し、完全に耳を傾ける
相手が話している間は、自分の考えや反論、解決策の提案を一旦脇に置きます。相手の言葉、声のトーン、表情、ジェスチャーなど、非言語的な情報にも注意を払い、全身で傾聴します。
ステップ2: 感情を推測し、言葉にする
相手の言葉の裏にある感情を推測し、それを言葉にして相手に伝えます。この時、「~と感じていらっしゃるのでしょうか」といった形で、確認の姿勢を示すことが重要です。
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会話例1:プロジェクトの進捗に不満を漏らす部下
- 部下: 「このタスク、どうも進みが悪くて。また納期が厳しくなりそうです。」
- マネージャー(NVC): 「進みが芳しくなく、納期に対して少しフラストレーションを感じていらっしゃるのでしょうか。」
- (推測される感情:焦燥感、不満、プレッシャー)
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会話例2:会議で発言が少ないチームメンバー
- マネージャー(NVC): 「今日の会議では、〇〇さんの発言が少なかったように感じました。もしかすると、何か懸念されていることや、発言しにくいと感じたことがあったのでしょうか。」
- (推測される感情:不安、躊躇、慎重さ)
ステップ3: ニーズを推測し、言葉にする
推測した感情の背景にある、満たされていないニーズを推測し、これも言葉にして相手に伝えます。普遍的なニーズ(例:明確さ、サポート、安心、貢献、理解、効率性など)を意識すると良いでしょう。
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会話例1の続き
- マネージャー(NVC): 「もしかすると、タスクの進め方について、もう少し明確な方向性や、あるいは具体的なサポートが必要だと感じていらっしゃるのでしょうか。例えば、他のタスクとの優先順位付けに関する安心感を求めている、といったニーズでしょうか。」
- (推測されるニーズ:明確さ、サポート、安心感、効率性)
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会話例2の続き
- マネージャー(NVC): 「例えば、もう少し情報が整理されてから議論したい、というニーズや、自分の意見がチームに貢献できるかという確信を求めていらっしゃるのでしょうか。」
- (推測されるニーズ:明確さ、貢献、理解、安全性)
ステップ4: 相手からの確認を待ち、さらに深掘りする
自分の推測が正しいかどうかを相手に確認し、さらに話すためのスペースを提供します。相手が「その通りです」と肯定すれば、理解が深まった証拠です。もし違っていたとしても、相手は「違います、私は~と感じています」と訂正してくれることで、より深い本音を共有してくれる可能性があります。
- マネージャー(NVC): 「私の理解はこれで合っていますでしょうか。何か他に感じていることや、考えていることはありますか。」
このプロセスを繰り返すことで、部下は「自分のことが深く理解されている」と感じ、マネージャーへの信頼を深めていくでしょう。そして、自ら課題や本音を共有する姿勢が育まれることが期待されます。
日常業務への応用
共感的傾聴は、特別な面談の場だけでなく、日々のちょっとした会話の中でも実践できます。例えば、以下のような場面で意識的に使ってみてください。
- 朝礼や週次ミーティングでの報告後の一言。
- 廊下や休憩スペースでの立ち話。
- チャットツールでのやり取りの合間。
- パフォーマンスレビューやキャリア面談。
相手の言葉の裏にある感情やニーズに意識を向ける習慣を身につけることが、効果的な共感的傾聴への第一歩です。
まとめ
IT企業におけるマネージャーとして、部下との信頼関係はチームのパフォーマンスと直結します。NVCの共感的傾聴は、部下の「言えない本音」や潜在的なニーズを深く理解し、心理的安全性の高い職場環境を構築するための強力なツールとなります。
ぜひ、日々のコミュニケーションの中で、相手の言葉の背景にある感情とニーズに意識を向け、共感的傾聴を実践してみてください。このスキルは、チームの対立を未然に防ぎ、メンバー一人ひとりのエンゲージメントを高め、最終的にチーム全体の生産性と創造性を向上させるための確かな一歩となるでしょう。