ITマネージャーのためのNVC:期待値のズレをなくし、チームのパフォーマンスを高める「要求」の伝え方
IT企業のマネージャーとして日々業務に携わる中で、部下とのコミュニケーションにおいて「期待値のズレ」を感じることはないでしょうか。指示を出したはずが意図と異なる結果になったり、プロジェクトの認識に齟齬が生じたりすることは、チームの生産性を低下させ、時には人間関係に摩擦を生じさせる原因にもなりかねません。
本記事では、ノンバイオレンス・コミュニケーション(NVC)における「要求」という要素に焦点を当て、その概念と、ITマネージャーがビジネスシーンで期待値のズレを解消し、チームのパフォーマンスを向上させるための具体的な伝え方について解説します。
期待値のズレがもたらす課題とNVCの可能性
ITプロジェクトでは、明確な目標設定、タスクのアサイン、進捗管理が不可欠です。しかし、マネージャー側の期待と部下側の認識にズレが生じると、以下のような課題が発生しやすくなります。
- 手戻りの増加: 意図が正確に伝わらず、やり直しが発生する。
- モチベーションの低下: 期待に応えられないと感じる部下や、繰り返し指示を出すマネージャー双方の負担が増す。
- 信頼関係の希薄化: コミュニケーション不足が不信感に繋がり、心理的安全性が損なわれる。
- 生産性の低下: 非効率なコミュニケーションが全体のボトルネックとなる。
NVCは、これらの課題に対し、感情的な対立を避けながら、お互いのニーズを理解し、解決へと導くための具体的な対話の枠組みを提供します。特に「要求」の要素は、自身の意図を明確に伝え、具体的な行動を促す上で極めて有効です。
NVCにおける「要求」の理解:命令との違い
NVCは、「観察」「感情」「ニーズ」「要求」という4つの要素で構成されます。ここでは、「要求」に焦点を当て、その本質を理解します。
NVCにおける「要求」とは
NVCにおける「要求」とは、自身のニーズを満たすために、相手にしてほしい具体的な行動を、ポジティブかつ明確な言葉で伝えることです。これは、相手に強制する「命令」とは根本的に異なります。NVCの「要求」は、相手に「ノー」という選択肢があることを前提とし、その自由意思を尊重するものです。
「命令」と「要求」の違い
- 命令:
- 相手に拒否する選択肢がないように聞こえることが多い。
- 従わない場合に罰則や非難が示唆されることがある。
- 相手の感情やニーズを考慮していないことが多い。
- 例: 「この資料は今日中に完成させなさい。」
- 要求:
- 自身のニーズを背景として、具体的な行動を提案する。
- 相手に「イエス」とも「ノー」とも言える自由を尊重する。
- 相手のニーズも考慮し、対話を通じて解決策を探る姿勢を示す。
- 例: 「プロジェクトの進捗を円滑に進めるため、今日中にこの資料を完成させていただくことは可能でしょうか。」
「要求」は、自分のニーズが満たされる可能性を高めつつ、相手との協力関係を築き、相互理解を深めることを目指します。
ITマネージャーのための実践:NVCに基づく「要求」の伝え方
NVCに基づいた「要求」を伝えるためには、以下のステップを踏むことが有効です。
ステップ1: 観察と感情を明確にする
まず、状況を客観的な「観察」として言語化し、それに対する自身の「感情」を特定します。これは、相手を非難するのではなく、自身の内面を共有する姿勢です。
悪い例(評価や解釈を含む): 「君はいつも締切を守らない。」 「この報告書はあまりに不正確だ。」
NVCに基づく例(観察と感情): 「〇月〇日の定例会議で報告することになっていたAプロジェクトの進捗報告書が、昨日までに提出されなかった際、私はプロジェクト全体の進捗に懸念を感じました。」 「昨日提出されたB機能の設計書を拝見した際、いくつかの仕様記述に不明瞭な点があると感じ、今後の実装段階での手戻りを懸念いたしました。」
ステップ2: 自身のニーズを特定する
その感情の背景にある、満たされていない自身の「ニーズ」を明確にします。ITマネージャーであれば、プロジェクトの円滑な進行、チームの効率性、品質、信頼性といったニーズが多くを占めるでしょう。
NVCに基づく例(ニーズ): 「(懸念を感じたのは)私としては、プロジェクトの計画を遵守し、関係者への情報共有を円滑に進めたいというニーズがあります。」 「(手戻りを懸念したのは)高品質なプロダクトを開発し、効率的にプロジェクトを進めたいというニーズがあります。」
ステップ3: 具体的な「要求」を提示する
自身のニーズを満たすために、相手にしてほしい具体的な行動を、ポジティブかつ明確な言葉で伝えます。この時、相手が「ノー」と言える余地を残すことが重要です。
NVCに基づく例(要求): 「つきましては、今後、期日までに進捗報告書を提出していただくことは可能でしょうか。」 「今後の設計書作成において、記載内容の具体性や一貫性を意識していただくことは可能でしょうか。」
ステップ4: 相手の反応に共感的に耳を傾ける
要求を伝えた後、相手がどのように感じ、何を必要としているのかを、共感的に傾聴します。相手にも自身のニーズがあり、それを表現する機会を提供することで、対話はより建設的なものになります。
NVCに基づく例(共感的傾聴): 「(部下が難しい表情をしているのを見て)もしかすると、何か困っていることや、私に伝えておきたいことがあるでしょうか。」
ビジネスシーンでの応用例
ケース1: 進捗遅延が続く部下へのフィードバック
状況: 部下のAさんが担当するタスクの進捗が、しばしば予定より遅れています。
従来の(一方的な)伝え方: 「Aさん、またタスクの進捗が遅れていますね。これでは困ります。」
NVCに基づく伝え方: 「Aさん、前回のタスク(〇〇機能の設計)について、当初の期日(〇月〇日)から3日遅れている状況を把握いたしました。(観察)この状況を受けて、プロジェクト全体のスケジュールへの影響を鑑み、私は懸念を感じています。(感情)チームとして目標を達成し、ステークホルダーへの信頼を守りたいというニーズがあります。(ニーズ)つきましては、今後、タスクの進捗が遅れそうになった際に、早めに状況を共有し、必要なサポートを依頼していただくことは可能でしょうか。(要求)何か困難な点があれば、お聞かせください。(共感的傾聴)」
ケース2: 新しいプロジェクトのアサインと期待値調整
状況: 部下のBさんに新しい重要なプロジェクトのリードを任せたいと考えています。
従来の(曖昧な)伝え方: 「Bさん、新しいプロジェクト、頼むよ。期待しているから。」
NVCに基づく伝え方: 「Bさん、新規のCプロジェクトについて、ぜひあなたにリードをお願いしたいと考えています。(観察)あなたのこれまでの経験とスキルを高く評価しており、このプロジェクトを成功に導いてくれると期待しています。(感情)このプロジェクトを通じて、新たな技術領域での市場開拓と、チーム全体の技術力向上を実現したいというニーズがあります。(ニーズ)つきましては、週に一度の進捗報告と、主要なマイルストン達成時には具体的なアウトプットの提示をお願いできますでしょうか。また、プロジェクト期間中、何か懸念点があれば、早期に共有していただけると助かります。(要求)この件に関して、Bさんのご意見や懸念点があれば、ぜひお聞かせください。(共感的傾聴)」
まとめと行動提案
NVCにおける「要求」を適切に用いることは、ITマネージャーが部下との間で明確な期待値を設定し、ミスコミュニケーションを減らし、最終的にチーム全体のパフォーマンスと信頼関係を向上させるための強力なツールとなります。
本日より、以下の点を意識して対話に臨んでみてはいかがでしょうか。
- 観察と感情: 評価や解釈を避け、客観的な事実と自身の感情を言語化する。
- ニーズの特定: その感情の背景にある、自身の満たしたいニーズを明確にする。
- 具体的な要求: ポジティブな言葉で、相手に「ノー」と言える余地を残した具体的な行動を提案する。
- 共感的傾聴: 相手の反応に耳を傾け、そのニーズや感情を理解しようと努める。
これらのスキルを日々のコミュニケーションに取り入れることで、感情的な対立を避け、より建設的な解決へと導く対話が実現し、結果としてチームのパフォーマンスは飛躍的に向上するでしょう。